自分史「なぜイタリアを目指したのか?」

経験は財産
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ちゃお〜!

本当の体の使い方を手に入れるためのブログです。一緒に体について研究し考えましょっ♪

経験は財産カテゴリーでは、経験談を素直に書いていきます。
昔の記憶なので曖昧な部分もあるかと思います。

なぜ私がフランスでもなく、イギリスでもなく、アメリカでもなく、イタリアを目指したのか?

イタリアに行ったことがなかった頃から”イタリアに住む”ことを夢見ていました。そして全てがつながるかのように私は”イタリア”という国に導かれていきます。それが確信に変わったのは、やはり実際にイタリアという風土に触れた家族旅行でした。

がイタリアへ住むことを決めた経緯はこちら▼

小学4年生の時からずっと憧れていた”イタリア”へ住む為に、お年玉やお小遣いはほぼ全て貯金!

本当に欲しいものだけは買うように徹底しました。

私には大学に行くお金はもうないので、自分でなんとかしなければと思ったんだと思います。

やりたいことはやる

今考えると、小学生だろうと人は目標や夢ができるとちゃんと自分に必要なものやことを選んで行くんだなぁと今更ながら自分に感心します(笑)!!

イタリアに住みたい理由

ヨーロッパに家族旅行に行った時に、なぜ「やっぱりイタリアに住む」と決めたのか?を詳しく書きます。

決定的な理由はやはり国民性でした。
ルールや規則はもちろん大切で必要なものですが、それよりも人と人の繋がりを大切にし、接してくれる国民性に惚れました。

日本ももちろん負けないくらい最高な国民性を持っています。ですが、何よりもそれを体現してくれるところが好きになりました。

ヨーロッパ家族旅行”イタリア編”で一番印象深かった出来事が二つあります。

その1、列車の中で

弟が運転席とそこからの景色が見たいと一番前で運転士さんの後ろから窓をのぞいていました。そしたら、イタリアの運転士さんたちは「もっと前で見たいか?おいで!」的な感じで運転席の近くに招き入れてくれました。

ほんとに一番前で見れた外国の景色は一生忘れません。

ところが、フランス領に入って運転士が変わった瞬間「ここ禁止だからあっちいきな」みたいな感じで追い出されました。それがすごく悲しかったのを覚えています。

規則的にはフランス人の対応の方が正しいし、それが普通ということもわかっているのですが、子どもの気持ちを大切に思い対応してくれるイタリア人の気質に感動しました。

この運転士さんみたいに他人の気持ちに寄り添える人になりたい!この国に来たらきっとワクワクするようなことがいっぱいあるんだろうなーって思いました。

そして”やっぱ住むならイタリアや〜”と!

その2、ミラノの街中で

イタリアに家族で旅行をするって担任の先生に言った時に、家族で先生のお家でご飯を食べました。そして色々なイタリア話やアドバイスを聞きました。

その時にセリエAのペナントがたくさんあって、先生が「どれか一つ持っていって良いよ」と言ってくれました。当時はどのチームが好きとかどのチームが良いとかなかったので、なんとなくかっこいいやつを選びました。

さてどのチームのを選んだでしょう?

正解は…

JUVENTUSです。
後からチーム名なども調べて知ったのですが、私はそこからJUVENTINA(ユベントスファン)になったのです(笑)そこからはユーベの試合を見たり、セリエAダイジェストを見たりしていました!

しかし、当時はユーベの本拠地がトリノにあるなんて知る由もなくミラノのスポーツショップで発売されたばかりのユベントスのジャージ上下を両親に購入してもらいました。最新のユーベのジャージでミラノの街を歩き回る小学生。今考えると自殺行為?(笑)って思います。

ある時、
普通に家族で道を歩いていると、BAR(バール)かなんかの店内から店員が出てきて「おぉ〜」と言って店内に連れ込まれました!

何事かと思いみんなでびっくりしましたが、言葉が分からないなりに「見ろよ〜ユーベのジャージ、しかも最新だぜ」って感じでした(言葉分からないので想像です・笑)。

多分、ミラノの街をユーベの最新のジャージを着て歩いてるなんて、日本人で家族でいた子どもだから許されていたんだろうなあ。そしてきっとあの店主たちはみんなユーベファンだったんだろうなと推測しました。知らないって怖いですね。

さすが!サッカーの国!!やっぱこの国に住んだら絶対に楽しいでしょって思いました。

ウエア着ているだけで話しかけられて、なんか褒められてすごい国だな。”やっぱ住むならイタリアや〜”と!

そもそも日本が嫌い

中学生くらいの時から、私は日本社会が嫌いで嫌いで大嫌いでした。

嫌いと言うよりも”窮屈”って表現の方が正しいかもしれません。

男は黒・青、女は赤・ピンク、海は青くなきゃいけない、常識はこう、前例がないから分からない、全てが窮屈で仕方ありませんでした。

図工や美術でさえ制作時間が設けられ、その時間内に作り上げなければならない。もっとちゃんと作りたいのに、とりあえず完成させなければならないのも分からなかったです。未完成だと成績はつかず、その過程も無視されているような感じでした。

でも、お察しの通り、自分から何かを発することもできずに、心の中だけで反発しながらも結構真面目に日々を過ごしていました。あまりにも心の声が態度に出てしまっている時、どんな時でも諭してくれたのは、何気ない母の一言でした。

核心をついた一言

「海に住む魚は川では生きていけない。川に住む魚も海では生きるのが難しい。住む場所が違うときは無理して仲良くしようと思わなくても良いんだよ」

「もし何かあって、みんなが右に逃げたからって右に行く必要はないよ。右に行くのか左に行くのか、まっすぐ行くのか後ろに行くのか、もしくは行かないのかをちゃんと自分で選ぶんだよ」

中学生ながらすごく納得した私がいました。
そこからは「我が道を行く」って感じです。

窮屈だった学校の時間はできるだけ家に持ち帰らない。大好きで自由なサッカーに時間を使うためにどうしたらいいか…そればかり考えていました。

学校で習うことは学校にいる時に覚えてしまえば、終わって帰ったらいくらでもサッカーができると考え、その時に覚えてしまえばテスト前でも関係なく練習や試合に行けるし、テスト勉強をそこまでしなくてもそこそこの点を取ることはできます。

私にとって学校の成績はどうでもよかったのですが、イヤだと思うこと以外では先生に文句を言われたくなくて、真面目に授業を受けていました。別に一番になりたい訳ではなかったので、それで十分でした。

「イヤなことはしない。好きなことのために必要ならイヤなことでもある程度我慢する」

大好きなサッカーの練習は週2回だったので、練習日以外の日は小学校の校庭で日が暮れるまで蹴ってました。

コートがいきなり大人サイズになり、ボールが5号と大きくなり、蹴っても全然ゴールまで届かないし、走っても走ってもゴールが遠いなーって。

どっかの選手にはショルダーチャージで3メートルくらい吹き飛ばされるし(笑)だから、ただ黙々と上手くなりたくて蹴ってました。何度も何度も。暖かく支えてくれた周りの人たちには感謝しかないです。

中2の時には、よく分からず学校で販売していたテキストを購入。確かア・テスト対策のやつだったかな。ア・テストはやるけど成績には含まれない世代だったのですが、みんなが買っていたのでなぜか買ってしまいました…一瞬だけ世間に流された瞬間です。ちょっとは手を付けたけど、もちろんその後はそのまま放置

そしたら母がキレました「買ったんだったらやりなさい」

ごもっとも〜

この日からア・テストの試験が終わってもテキストが終わるまでは毎日マンツーマンで勉強。まぁ母はラジオの人生相談を聞いてましたが(笑)この時から本当に必要なテキスト以外は絶対に買いませんでした。ほんとによく考えずに買った事を後悔しました…

両親との約束

ある時、進路について話していると「どうしたいの?」と母から言われ「卒業したらイタリアに行きたい」と言いました。さすがの両親も「高校は卒業して欲しい」と。

私は納得していませんでしたが、飼っていた愛犬が亡くなったこともあって「わかった。高校に受かったら犬を買ってくれると言う条件と高校を卒業したらイタリアに行くことに反対しないのが条件なら、高校に行く」と言いました。

両親との約束です。

そこからは、小学生の頃によくそこの高校のすぐ下にあるグラウンドでサッカーをしていたこともあって、雰囲気とかも良く、チームメイトの先輩も入れ違いになるけど通っていたので、そこなら行ってもいいかなと思い高校を選びました。入試でゼロ点を取らなければ大丈夫と言われていたけれど、やっぱ緊張はしました。

入試から帰ってくると…クッションの色と同化した一匹の犬がいました。

私は受かってからだと思っていたので、近くに座っても全然気付きませんでした。両親にしてみれば、サプライズ成功!って感じです。

ちょっとブサイクなイエローのラブラドールレトリバーでした。刑事貴族が好きだったので、そこに出てくる犬の名前をつける予定が…なぜか間違えてアレックスと命名していました。まぁデルピエロ好きだったので結果オーライです(笑)ほんとに犬飼っているの?というくらい吠えないけどやんちゃで静かなアレちゃんでした。

あとは入学して卒業してイタリアに行くだけです!

イタリアの魅力にどハマり!

そんなこんな裏事情もあり、小学生の時のイタリアでの体験は私の中で化学反応みたいに何かが変化し、その魅力にどっぷりとハマってしまいました。

会う人会う人、街行く人たちみんなが「なんだか楽しそう」だったんです。きっとそんなことなかったのかも知れないけど、当時の私にはそう写りました!

「こんな楽しそうに生きていけたら幸せだろうな」と思いました。

日本で生きていて、色々海外に連れて行ってもらって、こんなにワクワクした国はありませんでした。

日本嫌いだった私も、今では日本人で良かったと思っています。それでもきっとノーストレスで人間らしく私が生きていくにはイタリアが合ってるのかなと感じます。

イタリアの魅力はまだまだたくさん。もちろん残念なところもありますが、だからこそ魅力的なんです!そしてもちろん日本もめちゃくちゃ魅力的な国だと誇りに感じます。

目指します!大好きな日本とイタリアの二拠点生活!!


あなたの体と経験はあなた自身がちゃんと大切にしてあげてください。

何よりもこのブログを読んでくれたあなたに、健康と希望を少しでも与えられたら幸せです!

より豊かに生きるためには富の源泉でもある健康と言うあなたの資産を、今まで経験してきた財産を大切にしていきましょー!!!共に豊かになりましょう。

ちゃおちゃお!

H e a l t h  i s  w e a l t h .

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